これは中国だけではなくアメリカなど欧米諸国でも同じような捉え方をされることがあると思いますが、日本人はとにかく、ありがとう、と言葉で感謝を伝えます。
カルチャーショックという言葉は、海外との交流がここまで活発になればほとんど死語に値すると思いますが、それでも、あなたはありがとう(谢谢)と言い過ぎですと面と向かって指摘をされたときは、それ以外に表現の仕様がありません。
中国ではありがとう、と感謝を伝えることは、特に親しい関係性を持つ相手には野暮、でもあり、むしろ関係性が遠いことを証明しているように伝わります。
当然のことを当然行うのですから、という逆説的な発想にも感じますが、確かに言い過ぎる日本人も何でもかんでも心から感謝しているかというと、どこか挨拶に似たような習慣的なニュアンスも少なくありません。
中国人に聞くと、両親や兄弟、近親者などに谢谢と言葉にすることは、ほとんどないのだとか。
とは言え、今から20年ほど前に、中国に初めて来たときには、谢谢という言葉は中国には存在しないのかと思うくらいでしたが、今では比較的気軽に聞こえるような気もします。
ただ、やはり近しい関係にある相手に谢谢と言葉で感謝を述べるのは、どうもむず痒く、何となく相手が距離を置いてしまうような印象も少なくありません。
そんな潜在的な理解の元、とある日本人駐在者さんとの話、彼の会社は社長のワンマン経営、色々なことに口を出しているようですが、その社風というのかが、とにかく感謝をしろ、というものだそうで、ボーナスや給与はもちろん、顧客に対しても感謝の言葉を大切にする、そうした考え方が根強いようです。
そうした習慣を持ったまま中国に拠点を構えたのですが、とにかくそれが通用しないのも、また中国の習慣でもある訳です。
かと言って、中国人社員が会社からボーナスを支給されたり、上司や顧客からご馳走になった場合に感謝していない訳ではないのです。
これは言葉にしないだけ(場合によってはボーナスが少ないと思っている可能性も)で、彼らの根本にはこれだけもらったら、結果でお返ししなければいけない、という思いが少なからずあるのです。
もちろん言葉の表現の有る無しに関わらず、それがモチベーションに繋がっている期限は個人差はあれど、1年間のうちの一定期間でしかないわけで、この点は日本でも中国でも似たようなものではある訳です。
私は中国が慣れてしまったけれど、性根は日本人なので、やはり一言ありがとう、という言葉が一言でもあれば、感情として嬉しいし、ボーナスが出せる業績を導けて良かったな、とは思います。
しかし、ボーナスを渡したことで何度も感謝をされると、今となっては逆に、金額が多すぎたからこんなに感謝されているのだろうか?と勘繰ってしまうほど天邪鬼な気持ちになってしまっています。
そうした商習慣の違いもありますが、少なくとも中国では物事の本質を重視すべきでしょう。
それは人事考課の評価基準を明確にすることでもあり、単純な年功序列や社歴を過度に評価することなく適正に中国に合ったものを採用すべきでしょう。
感謝の言葉がなかったからと言って、次回のボーナスは半分にする、などとは是非ならないようにしていただきたいものです。